「背守りの習俗 Ⅰ 」ー 針と糸と女の霊力 ー
みなさんは「背守り」という言葉を聞いた事があるでしょうか。
「背守り」というこの言葉に馴染みがなくとも、初宮参りの祝い着(初着・産衣}に付けられた、
糸の縫い取り文様を目にした事がある方も、多いかと思います。
何気ない事ですが、注目すればとても興味深く思うこのような習俗を、
きものを着る事や、また、織りや染め、そして、裁縫(縫い)の周辺に見いだす事ができます。
下に示した【 Photo1】の朱色の円で囲まれた部分に注目して下さい。
この写真は、神社の社殿幕に施された縫い取り文様です。
この場合は、補強の目的(用)と魔除けの意味(呪術性)の両義性を兼ねていると考えられます。
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【 Photo1: 神社の社殿幕の縫い取り文様】撮影:福田 いくよ
工芸の方では、よく「用と美」という事を申しますが、その場合の「美」の根底には、
【 Photo1】にみられるような呪術性が潜んでいるのかも知れません。
何故ならば、気の遠くなるような根気が必要な、こぎん刺しや、菱刺しなどの事を思うと、
補強の用と装飾性の美ということに留まらない面があるのではないかと考えられますし、
そこには、やはり、その背後に海や山の危険の多い場で働く夫や家族を守ろうとする、
魔除けの意味がこめられているのであろうと想像できます。
また、手の込んだ美しいものの方が魔除けの霊力が強いというような理解があった故に、
こぎん刺しなどにみられるような根気のいる作業も厭わなかったのではないでしょうか。
このような、糸や針にまつわる、縫いや織りの仕事は女の仕事とされ、
「昔は、できないと嫁に行けない。」とされたという事も、
妹の霊力・女の霊力という視点でみると、縫いや織りの仕事ができないという事は、
家族を守る霊力に欠けていると、理解されていたのかも知れません。
「心を込めて、ものをつくる。」という事は、よく言われ、またよく耳にする言葉ですが、
その「心を込める」という事の原点が、このような、夫や家族の無事を祈る事や、
またその様な事に深く関わった魔除けの力を意味するものだとすると、
とても切実で、真摯であり、かつ壮絶で超然とした覚悟のようなものが感じられます。
そのような時代の女性たちに比して、高い教育を受けているとされる今日の私たち女性は、
彼女たちが、かつてつくったような「心のこもったもの」をつくる事はできるでしょうか。
言葉で「こころ」を現す事の多い現在の私たちとは違い、
彼女たちの「こころ」は、具体的に手間ひまを掛ける事や技として「もの」の中に現れています。
「心を込めて・・・」つくったものである故に、技巧的で凝ったものであるという理解点が、
このような時代には在った様に思われます。
このような「こころ」と「もの」との関係にまつわる価値観が、
日本文化の、ひとつの基層を成しているといえるのではないでしょうか。
また、そのような位置に立った上で、はじめて「文化の伝承」と、
そして「文化を受け継ぐ事の価値」が明らかに意識されて来るのだろうと思います。