草間の藍甕とは、・・・。
"くさまのあいがめ"と読みます。
これは、民間でおこなわれていた"泥染"を指していった言葉です。
わたしたちは、そのような風景を目にした事さえありませんが、
昔は、各地で広くおこなわれていた染色法だったようです。
多くの場合は近くの山に自生している、
クルミ(オニグルミ)・ハンノキ・キハダなどの木の皮を煮出して染液をつくり、
その染液に浸して染めた糸を、一度乾かして、・・・。
あるいは、そのまま近くの泥染をする場所に持ってゆき再び泥で染める。
この泥染めには、・・・
田や、沼や、池や、湧き水があるところの泥が使われたようです。
そして、この泥染をする場所のことは、"草間の藍甕"と呼ばれました。
このような、"草間の藍甕"を用いてつくられるのは家人の為の布で、
自家用に費する為に。自ら紡いだ糸で、染めて、織られた布です。
これらの布は、専門の職人の技の冴えが鮮やかな布に比して、
あまりにも素朴な布と言えるでしょう。
いまでは、"昔ばなし"の中のできごとになってしまいましたが、
ほとんどの家には機が一台備えられており、・・・
このようにして布が作られていたそうです。
昔、このような織物があった場所を訪ねると、
お婆ちゃん達から、糸作りの事、染めの事、織の事などの実際について、
つい昨日の事のように活き々としたお話を、
御聞かせいただける幸運に恵まれる事もあります。
機織りの話は、「つらかった。」「大変だった。」という反面、
お婆ちゃん達が、機織りの話を語る口調は、とても楽し気に感じます。
ある時、「もう足が悪くなって近所に行くのもたいへんだ。」という、
お婆ちゃんが、
内緒話をするようにして、わたしにこう言いました。
「足が悪くなってから、機には乗れなくなったので、・・・。」
「機を誰かに譲ってあげればいいという人も居るけれど、・・・」
「わたしね、機は側に置いておくんだ。」
・・・と、呟くようにして。
"草間の藍甕"と言うような言葉は、
多分このような女性達の側から発せられた言葉でしょう。
職人の技の冴えが鮮やかな布にも息を呑むような格別の魅力がありますが、
このような、忘れ去られ、もう廃絶してしまった素朴な布にも、
何とも言い難い魅力が宿ってあります。
何故なら、・・・。
それは、ある意味で、布の原点が含まれているからだろうと想像しています。
みなさまへの、ご挨拶にかえて、・・・ "草間の藍甕" 店主 福田 いくよ